ダーク ピアニスト
―叙事曲2 Augen―

第2章


 「トントントン……ママが帰って来ましたよ。ドアを開けてちょうだいな。お母さんに化けた狼が言いました。けれど、子ヤギ達は言うのです。ちがうよ。これはママの声じゃない。ママはもっとやさしくていい声をしているよ。そこで狼は甘いハチミツをたっぷり舐めて言いました。開けておくれ、いい子達。ママが帰って来ましたよ。すると、子ヤギ達は言いました。それなら、おててを見せてちょうだいな。狼がドアの隙間から手を入れると子ヤギ達は言いました。ちがうよ。これはママじゃない。ママはもっと白くてすべすべの手をしてる……」
ルビーは厚いカーテンの隙間からじっと外を見つめていた。暗がりの中に灯る街灯……。しんしんと降る雨の中……。この家を訪ねて来る者はない。

――いいか? おれが留守の間、誰もこの家に入れるんじゃない

「……狼さんが言いました。誰も家に入れてはいけないと……」
彼は退屈だった。散らかったおもちゃ……。開いたままの絵本……。そして、ピアノ……。何もかもがやりかけのままの、終わりのない言葉遊び……。何もかもが揃っていて何もかもが満たされているのに、彼は空虚さに震えていた。

――今日はおれ一人でいい。おまえは家にいろ

確かに体調は万全とは言えなかった。まだ夕方になると微熱が出るのだ。が、それでも、彼は男に付いて行きたいと願った。
「つまらない……」
そこは彼の知らない街だった。くすんだ壁とくすんだ歴史……。芸術家達の集う街……。
「子ヤギはぜーんぶ食べられて、ここは狼の家なんだ。僕も食べられて狼のお腹の中にいる……?」
ルビーはリビングの中を歩き回って言った。中央の壁に設置された大きな柱時計の秒針が、部屋中の空間を細切れに刻んで行く……。
「きっと狼は緑色の目をしてるんだ……僕の狼銀色で、いっつも僕より威張ってる」
彼はぐるりとソファーを迂回して、開かれたままのピアノの前に来た。そして、鍵盤に手を掛けた時、誰かがドアを叩いた。

「トントントン……誰ですか?」
ルビーが扉の前に来て訊いた。
「ボンソワール! 私はドクトル ウェーバーです」
ドクトル(医者)と聞いてルビーはそろそろと後ずさった。
「今、ここには誰もいませんよ」
するとドアの向こうで男が言った。
「それじゃあ、君は誰なんだい?」
「僕? 僕はね……」
ルビーが返事に詰まっていると向こうから言ってきた。
「当ててみようか? 君はルビー ラズレイン。そうだろう?」
「どうしてわかるの?」
「私は医者だからね。何でもわかるよ。この間、君を診察した」
「でも、もう元気になったよ」
「それじゃあ、元気になった君の顔を見せてくれないかな?」

ルビーは少し考えてから言った。
「だめだよ。ギルがいない時に、勝手にこのドアを開けてはいけないと言われてるの」
「何故?」
「えーと、悪い人が来るから……」
ルビーが言った。また雨が激しくなった。
「でも、私は悪い人じゃないよ。君のお医者さんなんだ」
ルビーは沈黙した。
「……僕、医者は嫌い」
「何故?」
「だって痛いことするもの」
その声は微かに震えているように思えた。医者はやさしく言った。
「注射のことだね? 大丈夫。今日は君に注射をしたりしないよ」
「でも……」
迷っているのが伝わった。医者は何とかドアを開けさせようと努める。

「ギルフォートに頼まれてるんだ」
「ギルに?」
「そうさ。だから、ここを開けてくれるね?」
返事はなかった。しかし、錠を外す金属音がカチリと響いてドアが少しだけ開かれた。そして、黒髪の彼がその隙間から覗く。医者はやさしく微笑した。
「やあ。本当に元気になったようだね」
「うん。でも、まだ少し熱があるの」
「そう。それはよくないね。ちょっと中に入ってもいいかな? 胸に聴診器を当てたいんだ。今日は本当にそれだけだよ。あとは喉に効くトローチをあげよう」
半ばドアに身体を差し入れて医者は言った。彼には確かめたいことがあったのだ。
「それって美味しい?」
ルビーが訊いた。
「ああ。甘いメロン味。それともオレンジのがいいかな?」
やさしく囁いてドアを閉める。
「僕はイチゴ味のが好きなの。でもメロンやオレンジも好きだよ」
「それはよかった」
医者は彼の頭を軽く撫でて中へ入った。

 「今日はギルフォートはいないのかい?」
リビングのソファーで鞄の中から診察道具を取り出すと医者が言った。
「うん。お仕事なの」
医者は手際よくルビーのシャツのボタンを外すと下着をめくって聴診器を当てた。目に痛々しいほどの傷で覆われた胸……。何をどうしたらこれほどの傷が出来るのか、その事情を彼は知りたかった。今日ここへ来て、ルビーと直接話が出来たので、彼が少し問題を抱えているのだと知った。そして、ギルフォートが過去に抱えていた問題も熟知していたこの医者は、ある懸念を抱き続けていたのだ。

「大分いいね。それじゃあ、今度は背中を見せて……」
形だけ聴診器を当てると彼は傷の様子を観察した。ルビーが大人しく従ったので医者はそれらを丁寧に診ることが出来た。それらは大半が過去についたものだとわかった。が、比較的新しいものもあり、それが何を意味するのかと考えると医者は心痛の思いがした。
「はい。もういいよ。ありがとう」
と言って聴診器を鞄にしまう。それから、じっと彼を見つめて言った。
「ここには誰と住んでるの?」
「ギルと二人だよ」
「そう。彼は君にやさしくしてくれるかい?」
「うん。やさしいよ。でも……」
「でも?」
医者が促す。
「時々は厳しいことも言うよ。でも、僕、我慢するの」
医者はふんふんと頷いた。

「ところでこの傷はいつ出来たの?」
「いろんな時……」
ルビーは俯いたきり答えない。
「おや、『幸福な王子』か……これは君の本?」
医者が落ちている絵本を拾って言った。
「うん。でも、まだ読んでもらってないの。僕は文字が読めないからどんなお話か知りたいの。ねえ、これはツバメなの?」
ルビーはページを広げてその絵を指した。
「そうだよ」
医者はじっとその瞳を見つめ、それから彼が広げる絵本に視線を移して頷く。
「でも……。ツバメはどうなったの? どうして寝てるの?」
ルビーが最後のページを指して訊く。
「それはね……」
医者は言葉に詰まってそれから別のことを訊いた。
「ギルフォートは読んでくれないの?」
「くれるよ。でも……。ギルは鳥さん嫌いなんだって……」

――二度とそんな格好をしておれの前に現れるな
――どうして? ギルは鳥さん嫌いなの?
――……嫌いだ

「そうか。なら、私が読んであげようか?」
「ほんと?」
ルビーはパッと顔を輝かせて言った。が、すぐに不安そうな顔をする。

――もう二度と……

「でも……」
「でも?」
医者が訊いた。
「ギルが怒るかもしれないから……」
ルビーはそっと自分の頬に手を当てた。
「彼が君を叩いたの?」
ルビーは頷いて、それから慌てて否定した。
「でも、いつもじゃないんだ。だから……」
医者はやさしく彼の肩を抱いて言った。
「わかっているよ。だから、本当のことを話しておくれ。君の力になりたいんだ」
だが、ルビーは急いで男から離れて言った。
「いやだ! 医者は嫌い! 嫌い! だって消毒の臭いがするよ。僕にいろいろ痛いことをするんだ。いつも……いつも……!」
「ルビー……」
その医者は悲しそうな顔をした。

そこはあの白い建物ではなかった。冷たい床と壁に閉ざされたあの病院ではない。そこは温かい、柔らかなソファーと美しい絵のある部屋。花が飾られ、ピアノが置かれ、その上にはぬいぐるみが置かれ、そして、血の通った人間がいる所……。時計が逆さまに回り、彼に一瞬の夢を見せた。冷たい床に転がった子供……。死んでしまった母……。死んでしまった小鳥……。ギルフォートの弟……そして、フェル……。悪魔のように笑う白衣の群れ。その中にあの医者がいた。彼に苦痛を与えた医者……。しかし、それも記憶の中で消滅した。ギルフォートと一緒に自分も音楽療法士として半年、あの病院で過ごした。その間はたくさんの人に喜ばれ、壁の中でも平気だった。あの医者がいなくなったから……。それともギルフォートと一緒だったからなのか。それは彼にもわからない。しかし……。

(あの時の悪い医者はいなくなったんだ。可哀想なフェリックス坊やと一緒に……)
あの子供のことを思い出すと悲しくなった。そして涙が溢れた。
(可哀想なフェル……。可哀想なフェル……。僕と同じ人形の……)
「……人形」
ルビーが言った。
「何?」
状況がわからないウェーバーが怪訝そうに訊く。
「……運命の糸から永遠に逃れられない操り人形……」
「それは何? ピノキオのお話?」
「僕と……。それに、死んじゃった子供のお話」
微かに泣き笑いのような表情を浮かべてルビーが言った。部屋の隅に灯った間接照明の灯りが彼の横顔を照らす。
「それはなかなか興味深いお話だね。今度ゆっくり聞かせてくれないかな?」
医者が言った。背後でドアの閉まる音がした。ギルフォートが帰って来たのだ。

「ルビー、駄目じゃないか。ドアの鍵はきちんと掛けておくようにと言ってあったろう」
しかし、医者の姿を見て彼は黙った。
「いや、すまない。私が訪ねて来たのでうっかりしてしまったんだ」
「ドク……」
ギルフォートは二人の顔を交互に見た。
「また具合が悪くなったのか?」
ルビーに訊く。
「違うの。僕が呼んだんじゃないの」
彼は怯えたように言った。

「そうなんだ。たまたまこの近くを通り掛かったものでね、様子を見に寄らせてもらったんだよ。まだ微熱があるって言うので今、診察を終えたところなんだが……。喉にまだ軽い炎症があるようなのでトローチを渡そうと思ってね」
「そうですか」
ギルフォートはほっとしたように言った。
「それじゃ、約束通りトローチをあげようね」
と言って医者はそれをくれた。
「じゃ、私はこれで失礼するよ。お大事に」
そう言って医者は玄関を出るとコートを羽織った。
「可哀想に……あの子は随分酷い目に合っているようだ」
医者はそう呟くとコートの襟を立てた。


 「ねえ、この本を読んで」
ルビーが絵本を持って追い掛けた。
「あとでな」
彼は鞄を持ってさっさと二階へ上がって行く。
「お仕事は上手く行った?」
「ああ」
男は無愛想に言った。
「不機嫌なんだね。どうして?」
ギルフォートは上着を脱いでクローゼットにしまうと訊いた。
「今日は例のお友達は来なかったのか?」
「だって、ギルが言ったんじゃないか。誰も家に入れるなって……」
「誰も? ああそうだ」
彼は着替えの手を休めずに言った。
「誰も入れるなと言っておいたのに……。おまえはあの医者を入れた」
詰問するような口調だ。

「だって、ドクはギルに頼まれたって言ったんだ。だから……」
ルビーが慌てて言い訳する。
「おれに?」
「うん。それに、ドクは甘いメロン味のトローチをくれたよ」
ギルフォートは軽くため息をつく。
「前にも言ったろう。そうやって何でもかんでも信用していると痛い目に合うと……」
「でも……」
棚の上に飾られた馬の彫刻がじっと彼らを見つめている。静かな部屋に雨音と時計の音だけがやけに響いた。
「もしも、あの医者が敵だったらどうするんだ? もしもそれが罠だったら……」
男の言葉にルビーは頭を振って否定した。
「違うよ。ドクは僕にちゃんと甘いのくれたもの」
雨音は急に激しくなったり、弱くなったりしながらもまるで間断なく降り続いている。男は鞄から銃を取り出すと手入れを始めた。

「チョコやキャンディーくらいで簡単に騙されるんじゃない。相手は釣ろうと思ったらどんな甘い言葉だって言うぞ」
ルビーは右手でぱらぱらとページをめくったり閉じたりしていたが、ふと顔を上げて言った。
「いいじゃない」
ルビーはぐるりと彼の周りを一巡してソファーの前に立った。
「何?」
ギルフォートがそちらを向く。
「もし、そいつが悪い奴だったら、それがわかってから殺れば……」
そう言ってルビーはソファーのクッションの上に勢いよく座ると弾みをつけて笑った。
「懲りない奴……」
ギルフォートは呆れた。が、ルビーは平気な顔をしている。確かに、ルビーにはそれだけの実力があった。しかし、それでいつも上手く行くとは限らない。その自信が油断に繋がり、ミスを招く。彼らのような仕事にミスは許されない。どんな小さなミスでも犯した途端に命取りだ。もう十年近くもそのことを叩き込んで来たのに、未だに彼は身に沁みていない。いつまでも気紛れに歌い、気紛れに飛び回る小鳥だ。そんなイメージを頭に描いてギルフォートはふと表情を歪めた。
(鳥……か。何故?)

「ねえ、絵本を読んで」
ルビーが強請る。
「夕食のあとで……」
彼がそう言い掛けた時、階下でドアを叩く音がした。
「あ! 誰か来た!」
そう言うとルビーは急いでソファーから立ち上がると階段を駆け下りて行った。床にはさっきまで彼が抱えていた絵本が落ちている。ギルフォートはそれを拾うと呟いた。
「幸福な王子……か」
彼はそっとそれをテーブルに置くと自分も階下へ降りて行った。


 客はブライアンだった。
「やあ。元気だったかい?」
男は人懐こそうな笑みを浮かべて言った。付近はすっかり暗くなっていたが、男の明るい髪の色と目の色が周囲の雰囲気を明るくした。
「ブライアンもパリに来てたの?」
ルビーがうれしそうに言った。
「ああ。仕事でね。今度は君達にも手を貸して欲しいと思ってさ」
「手を?」
ルビーが訊いた。が、彼は軽く手を振って言った。
「ああ。でも、仕事の話はあとで……。それより、今日はすごいお土産を持って来たんだ」
「すごいお土産?」
ルビーが顔を輝かせて長身の男を見上げる。
「おい。そんな所で立ち話をしていないで中に入れよ」
ギルフォートが来て言った。
「ああ。そうだな。風が冷たくなって来た。坊やが風邪でも引いたら大変だ」
と言って扉を閉めた。

そうして、3人はリビングのテーブルを囲んで座った。
「ねえ、お土産ってなあに?」
ルビーが訊いた。
「実はさ、おれ、仕事でアジアを回ったんだけど、途中で日本へも立ち寄ったのさ」
「日本?」
ルビーが大声を上げた。
「まあ、立ち寄ったと言っても飛行機の都合でたった数時間だったんだが……」
しかし、ルビーは興奮して身を乗り出した。
「ねえ、日本はどんなだった? 桜は咲いてた? 富士山を見た? 忍者やサムライにも会った? 東京はどんな街? 京都は? 温泉にも行った?」
「おいおい、捲くし立てるなよ。そんなにいろいろは見てないよ。空港の近くを少し歩いただけなんだ。 でも、富士山は見えたよ。飛行機の窓から……。確かに美しい山だったよ」
ブライアンが笑って言った。

「ふーん。いいな。僕も行きたい」
ルビーが真剣な顔で言った。
「行けるさ。飛行機なら8時間くらいだから……」
「でも……」
ルビーは隣の男を見た。が、彼は特に関心なさそうに何かを見ていた。その先にあるのは一枚の絵……。この家の持ち主が愛していた睡蓮の絵だ。
「それで、お土産なんだけどさ」
とブライアンが鞄の中から包みを出した。
「なあに?」
ルビーが期待の目で見つめる。
「ほら、これ」
と二人にそれぞれ包みを渡す。

「同じ物で悪いんだけどさ。中の絵がすごくきれいだったからいいんじゃないかと思って……。ほら、あの有名な汽車が空を飛ぶ奴」
「宮沢賢治の……『銀河鉄道の夜』……か」
ギルフォートが言った。
「そうさ。おまえ、絵本を集めていただろう? さすがにこいつはまだ持っていないだろう」
「ああ」
包みを開いてギルフォートが言った。それは深く青い星と幻想的な汽車……。
「わあ。すごくきれい……」
ルビーがぱらぱらとページをめくって喜んだ。
「確かに……美しい絵だ」
ギルフォートもゆっくりとそれらを見つめる。
「それと、ほら、ギルには浮世絵のカード、ルビーには日本の名所カードってのを買って来たよ」
「わあ、ありがとう」

ルビーは喜んでカードを観ていたが、ギルフォートは冷たく言った。
「どういうつもりだ?」
感情を殺した目だった。
「それは、おまえ達が喜ぶと思ったから……」
ブライアンが言った。が、男は冷ややかに言った。
「帰ったら渡す相手がいなくなっていることだってある」
沈黙が流れた。
「ギル……」
ブライアンが掠れた声で言った。ルビーはただ黙って成り行きを見つめている。と、やがて、ギルフォートが立ち上がる。
「飲み物を取って来るよ」
無粋な顔でそう言うと彼は部屋を出て行った。

 「ギルは日本が嫌いなの?」
ルビーが訊いた。
「いや、そんなことはないだろう?」
「だって……」
ルビーはテーブルの上の品々を見た。
「奴は怖がっているのさ」
「……?」
「失うことを……」
「どういうこと?」
「愛する者を失うのが怖くて素直になることを躊躇ってるんだ……」
「わかんない」
ルビーは首を横に振った。
「奴はおまえのようになりたいのかもな」
と言うとブライアンは笑った。
「僕の……? どうして僕の?」
ルビーは少し考えて、それからまた首を振って言った。
「ますますわかんない」

しかし金髪の男はただ笑っているだけでそれ以上説明しようとはしなかった。代わりにルビーがテーブルに広げていたカードの1枚を指して言った。
「ほら、これが富士山だよ」
「ほんとだ。きれいな山だね」
「それに、これが京都の寺だって……。金閣寺に、えーとこっちは奈良の法隆寺の五重の塔だってさ……へえ、夕日に映えてきれいだな」
写真はどれも美しかった。
「うん。僕、いつか日本へ行って本物を見てみたいな」
「はは。おれもだよ」
それを聞いてルビーは喜んだ。
「ほんとに? ブライアンも日本が好き?」
「ああ」
男が頷く。
「よかった。なら、いつかみんなで行こうよ、日本へ……」
「いつか……か。そんな日が来たらな」

いつの間にか戻って来たギルフォートがテーブルにウイスキーのボトルを置いて言った。
「で? 仕事ってのは?」
薔薇の透かし彫りが施されたタンブラーに酒を注いでギルフォートが言った。
「テロさ」
ブライアンが言った。彼らは銘々の席に着くと酒を口にした。
「連中はこのパリをターゲットに大規模な作戦を展開するつもりらしいんだ」
ブライアンが続ける。
「なら、おれ達じゃなく、ICPOにでも依頼した方がいいんじゃないのか?」
「無論彼らも協力するさ。だが、今回は実行犯を逮捕するだけに留まらず、組織を根こそぎ叩き潰したいんだ」
「そいつはまた随分と強攻な策に出るじゃないか」
ギルフォートはまた一口酒を飲む。
「ああ。だが、チャンスなんだ。主だった幹部が近いうちにパリを訪れる。その時に確実に仕留めたい奴がいる。君達に依頼するのはそこさ」
ブライアンの言葉に熱が篭る。

「テロ組織幹部の抹殺か……」
「そうだ。連中、このところずっと助長しているからね。この辺で叩いておかないと厄介なことになる。それに、おまえ達にとってもうるさく纏わり付いてくる害虫を駆除出来るなら一石二鳥だろう」
「そうだな」
ギルフォートはグラスをそっと唇に当てた。ルビーは絨毯に座り込んでさっきもらった絵本を見ている。
「どうかな?」
ブライアンがちらとルビーを見て言った。

「いいよ。ねえ、ギル……。この汽車に乗っている人はみんな死んでるの? 死人を運ぶ汽車なんて素敵だね。僕も死んだら、こんな美しい所へ行けるのかしら?」
うっとりと呟くルビーの背中でギルフォートが呟く。
「それは無理だな」
「どうして?」
「おれが……逝かせないからさ」
それは微かな声だった。が、ルビーは微笑して彼の頬にキスした。
「何の真似だ?」
睨みつけられてもルビーはうれしそうにくすくすと笑っている。
「ねえ、約束だよ。お仕事のお話が終わったら、僕に絵本を読んでくれるって……」